大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2401号 判決

控訴人

黒須キン

代理人

高橋方雄

被控訴人

坂東運輸株式会社

代理人

遠藤良平

主文

原判決中控訴人に関する部分を左のとおり変更する。

被控訴人に対し金十万円及び内金五万円に対する昭和三七年二月二五日以降、内金五万円に対する同年七月二六日以降各元済まで各年五分の金員を支払え。

控訴人の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ(差戻前の上告審の分も含む)三分し、その一を控訴人のその二を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人に関する部分を取消す、被控訴人は控訴人に対し金十五万円及び内金五万円に対する昭和三七年二月二五日以降、内金十万円に対する同年七月二六日以降各支払済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において(一)本訴請求の原因は被控訴人はその所有する大型貨物自動車「栃一あ一六九三号」をその被用者である高橋藤四郎に運転させて自己のため運行の用に供していたところ昭和三六年八月一六日午後三時頃栃木県下都賀郡石橋町大字石橋四六九番地先道路において右高橋は偶々自転車に乗つて通行中の控訴人の被相続人磯太十郎に運転中の前記自動車を衝突させ同人を顛倒させて頭蓋骨折左側頭骨々折、左第八、第九肋骨々折の重傷を負わせ、その結果同年八月二六日同人を死亡するに至らしめたもので右太十郎は被控訴人に対し自動車損害賠償保障法により慰藉料請求権を有するものであるところ磯太十郎は配偶者直系尊属、直系卑属がないため姉清水サキ、姉清水フジの代襲相続人清水貞一郎、清水正二郎、清水サト、清水キク、弟磯周平の代襲相続人磯敬一、妹控訴人が共同して相続したもので控訴人の相続分は四分の一である。(二)被控訴人の答弁事実中、本件事故発生が太十郎の不注意な所為に起因するとの点及び控訴人の相続分について、被控訴人との間に和解が成立したとの抗弁事実は否認すると述べ、

被控訴代理人において(一)控訴人主張の磯太十郎の相続関係の事実は認める(二)磯太十郎は交通法規を無視して自転車で道路右側を進行していたばかりでなく、何等の標示もせず突然左側に移行しようとしたため、高橋が急停車の措置を執つたにもかかわらず衝突するに至つたもので、本件事故は専ら太十郎の不注意な所為に起因するもので、高橋運転手の責めに帰し得ないものであり、仮に同運転手にも責めがあつたとしても、太十郎の右所為は本件事故に因る損害(無形の)の賠償の額を定めるにつき斟酌さるべきものである。(三)控訴人の夫黒須秀吉は控訴人を代理して磯敬一と同席して原審主張の和解が成立したものであるから右和解は控訴人を含めた全相続人を相手としてなしたもので控訴人も右和解によつて本件事故による損害賠償は完了したものである。(四)控訴人は磯太十郎死亡当時既に六四才であり大正一一年に他家に嫁して今日まで四〇年以上同人と別居ししかも太十郎の看護養育は一切磯敬一に委せていたもので太十郎の死亡によつて特別な衝撃を受けるような状態ではなかつたもので、本件慰藉料請求についても右事情はその額の点において斟酌さるべきものであると述べ、

〈証拠〉省略

理由

原判決の理由の第一行から第一一行までの当事者間に争いない事実の記載はここに引用する。

右事実によると被控訴会社は自動車損害賠償保障法第三条により磯太十郎に対して損害賠償の責に任すべきものである。

控訴人は右太十郎の共同相続人の一人として同人の被控訴人に対し有する損害賠償としての慰藉料請求権を相続したとして被控訴人に対しその支払を請求するものであるところ元来、わが国の法律において、相続にせよ、営業譲渡会社の合併その他前者の権利義務を承継する場合において、地位の承認を認めるという立前は採用していない。何れの場合においても、権利義務の包括的承継にすぎないのである。もつとも、この観念は、兎角等閑視され、判決等においても、賃貸借契約の権利義務の承継の場合に、不用意にも貸主、又は借主の地位の承継なる用語を使用しているが、これは俗語的に使用しているにすぎないものであり、法律的には貸主又は借主の権利義務の承継なのである。若し相続が地位の承継であるならば、死亡者自身の精神上の苦痛を金銭的代償により慰藉を求めるや否やを相続人において定め得ることは明であるが、単に権利義務の承継を以て相続と観念するならば、金銭的代償を求め得るにすぎない状態では未だ法律上の権利とは云い得ざるべく、従つて相続の対象とはなり得ないとする従来の判例、学説はまさに、そのところと云わざるを得ない。本件に関する限りは、上告審は、相続の場合に限り、我が法律の従前の立前を破り、地位の承継と解したのは、何の見るところあつてか必ずしも明確ではないが、当裁判所はこの点について上告審の判断の当否に拘らず、これに拘束されるので、被控訴人も納得するの外はないであろう。結局、本件に限り控訴人に太十郎の慰藉を求める権利を許容することは已むを得ないであろう。

よつて同人の有する慰藉料請求権の金額について判断するに

〈証拠〉を総合すると磯太十郎は高橋藤四郎の運転する自動車の前方約十米位の地点で突然にハンドルを左側に切つたために高橋は急停車の措置を執つた間に合わず衝突したものであることが認められるので、被害者である太十郎にも重大な過失があつたものというべきである。従つて慰藉料の額の算定について之を斟酌するのが相当である。

〈証拠〉によると太十郎は死亡当時七一才余の老齢であり、財産もなく農業の手伝をしながら弟周平の子敬一方に厄介になつていたことを認めることができるので、右太十郎の身分職業その他の事情に前認定の過失の点を考慮し、同人の慰藉料の額は金四十万円が相当であると考える。よつて控訴人はその四分の一金十万円を相続したものというべきである。(控訴人主張の相続関係の事実は当事者間に争いない)

被控訴人は控訴人と右太十郎との間の身分関係、実生活上の状況を述べて本件慰藉料の額について斟酌さるべきものであると主張するけれども本訴は太十郎の有した慰藉料請求権を相続したものとして請求しているものであるから被控訴人主張の事実があるとしても右事実の存在を以て本件慰藉料の額の算定に斟酌すべきものとはいえず、右主張は理由がない。

被控訴人本は件慰藉料請求権については和解によつて解決済である旨主張するのでその点について判断するに

被控訴人主張の和解が相続人の一人である磯敬一との間に成立したことは控訴人も認めるところであるが、原審証人高野昭一、清水文男の各証言によると被控訴会社は磯敬一を被害者太十郎の遺族の代表者と思い、被控訴人主張の示談をしたものであるが、太十郎の相続人の点については太十郎の妻子の関係を調べただけでその他の親族関係、殊に妻子のない場合相続権を有する直系尊属兄弟姉妹の有無、その数等については詳細な調査をなさなかつたことを認めることができ、控訴人又はその代理人が被控訴人主張の和解に参加した事実については前記証人の各証言によつても認めるには足らず、本件全証拠によつても右事実を認めるに十分でない。よつて被控訴人の右主張は理由がない。

以上の判示による控訴人は被控訴人に対し金十万円及び内金万円に対するその請求の日の翌日であること当裁判所に明かな昭和三七年二月二五日以降、内金五万円に対するその請求の日の翌日であること当裁判所に明かな同年七月二六日以降各支払済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める請求は正当であるが、その余の部分は失当である。右と理由を異にし控訴人の請求を全部棄却した原判決は理由を異にするが一部は結局相当であり、一部は失当であるから民事訴訟法第三八四条第二項、第三八六条により主文第一ないし第三項のとおりとし、訴訟費用の負担について同法第九六条、第九二条を適用して主文第四項のとおりとして判決する。(毛利野富治郎 石田哲一 矢ケ崎武勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例